「たまには良い記事も書いてくれるんですね。あれは、よかった!」
足を骨折した息子ちゃんをおぶって、颯爽と階段を駆け上がってくれた完璧な人は、そのことについて書いたブログ記事を読んで随分とご満悦の様子だった。
助けてもらったのだから、当たり前のことだ。
そう思って書いたものだが、完璧な人の自画自賛に満ち溢れたご満悦ヅラをみると、少々持ち上げすぎたかもしれないと悔やむ。
もともと調子にのる男なので、あまり持ち上げすぎると、あとが怖いのである。
それから三日後。
その嫌な予感は的中した。
「アニキ~っ…」
完璧な人は、頼みごとがある時に限って、俺のことをアニキと呼ぶ。
それは、とても迷惑な事象であるが、世話になったばかりなので、今回は願いを叶えてやろうと話を聞いた。
「あっのっ、伊東のアニキ! 土曜日の夜って、車使います?」
いつも思うことであるが、自分の車をいつ乗ろうが俺の勝手で、その予定を報告する必要もない。
「なんだ、どうした?」
「あっのっ、土曜の夜に約束してるんですけど、雨じゃないですかあ。なんで、車に乗って行きたいなと…」
すでに車は貸さない宣言をしているにも関わらず、こうして頼んでくるところが、完璧な人の真骨頂といえるところだ。
しかし、何よりも義を重んじる俺は、借りを返すべく車の貸し出しを快諾した。
翌日…。
「昨日は、あざっす。おかげで助かりましたよ」
昼時に鍵を返しにきた完璧な人は、俺に礼を言いながら、殊勝な態度で頭を下げた。
このように、お互いが義を重んじる姿勢を貫いているからこそ、俺たちの関係は継続されているのだろう。
「腹も減ったし、ビールも飲みたいから、蕎麦でもたぐりに行くか」
最近、蕎麦のウンチクにはまっている完璧な人を誘い、お気に入りの蕎麦屋に繰り出すことにした。
この店は前払いなので、とっとと自分のオーダーを済ませて席につこうとすると、俺の後方に控える完璧な人が呆然としている。
「あっのっ、アニキ? 金持ってきてないんですけど…ドゥフフ…」
まあ、俺から誘ったこともあるし、世話になったからいいか。
でも、冷静に考えてみると、たった一度世話になったことが、えらく高くついている。
たかりの天才、ここにあり。
やっぱり、この男は完璧だ。
そして、昨夜…。
「アニキ~っ!」
完璧な人からの電話に出ると、いきなりアニキと叫ばれた。
その言葉の前後にはドゥフドゥフとした息遣いが感じられ、電話口を通して生暖かくて嫌なモノが伝わってくる気がする。
「なんでしょうか?」
義理を果たして、借りを返しすぎたと感じていた俺は、素っ気なく答えた。
「あのですね、アニキ。実は必勝祈願に行きたいので、車を借りたいんですよ。今度の日曜日、車使います?」
「前にも言ったけど、車貸すのは、だみ(め)だあ…」
「え? なんでですかアニキっ! こないだは貸してくれたじゃないですか…」
完璧な人の思考は単純なので、一度貸してあげると、何度でも借りられると思ってしまうらしい。
「近くならまだしも、箱根とかまで行くんだろ? 俺の車に乗って、遠くに行くのはだみ(め)だ。走行距離は増えるし、オイルも汚れるし、タイヤも減るからなあ…」
「しゃばいなあ…。伊東のアニキが、そんなにしゃばいし(ひ)とだとは、思いもしませんでしたよ。次の試合で、俺が負けても良いんですか?」
断られた途端に悪態をつき、自分の都合を押しつけてくるのは、完璧な人王者の必殺技だ。
さらに主張が通らないと、決まってしゃばいと責めてくる。
このし(ひ)とは、俺のことをなんだと思っているのだろう。
いつになったら、この状況を脱することができるのだろうか。
完璧な人を前に、俺の悩みは尽きないのである。
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