「あの、ウチ、お願いがあるんですけど……」
自分のことをウチと呼ぶ十七歳のスタッフ・アイミ(お店の従業員です)が、妙にモジモジしながら俺に言った。
「なに、どうしたの?」
退店希望かと警戒しつつ、少し優しげに話を聞く。
「あの、ウチ……。マジでMさんのサインが欲しいんですけど、頼んでもらってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
「やった!」
意外な願いに驚愕しつつも、お安い御用だと快諾した俺は、その場でメールしてMに伝えた。
数日後。
たまたま店に顔を出したMが、ちょうど店番をしていたアイミに言った。
「アイミちゃん、俺のサインが欲しいんだって? 仕方ねえなあ。じゃあ、いま特別なヤツを書いてきてあげるから、ちょっと待ってて……」
しばらくして戻ってきたMが、サインの書かれたポートレートを、スターのような振る舞いでアイミに手渡す。
「貴重なサインだから、大事にしてくれよ」
「はい、ちゃんと部屋に飾ります!」
それを聞いて上機嫌になったMは、ダハダハと笑いながら、颯爽と店を出て行った。
「あれ……?」
すると、嬉しそうにサインを見つめていたアイミが、突然に素っ頓狂な声をあげて俺を驚かせた。
顔をみれば、先程まで見せていた笑顔は消え去り、明らかに気落ちしている様子だ。
「どうしたの?」
「ウチの名前「アイミ」なのに「アミちゃんへ」になってるんです……」
完璧道を追求する王者の凄味には、いつも脱帽させられる。
「もしかして、ワザとやってるんですかね……」
「いや、それはないよ。でも、それを指摘されたら「ワザとやってるに決まってるじゃないですかあ」って、きっとそう言うだろうな」
「なるほど……」
完璧な人を知る俺の分析を聞いたアイミは、妙に感心した面持ちで何度となく頷いた。
そして、今日。
出勤したアイミに、あのサインをちゃんと部屋に飾っているのか確認してみた。
「あ、部屋に置いてあります。ん? あれ? そういえば、ウチ、どこに置いたんだっけな……」
このアイミも、只者ではないのである。
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