「あの冷たいプールみたいなお風呂が直ってるかな……」
あの冷たいプールみたいなお風呂とは、息子ちゃんお気に入りの銭湯にある歩行浴風呂のことだ。
前回行った時には修理中で入れず、かなり不貞腐れていたので、そのことを思い出したのだろう。
「もう大丈夫だと思うから、今日行ってみようか」
「うん。じゃあ、ご飯食べてからね」
何処かに行こうと誘うと、何かしらの条件を付けるのは、息子ちゃんの得意技だ。
何を食べたいか聞けば、好物であるハンバーグを食べたいと言う。
出かける準備をして近くにあるファミレスに向かうと、休日の夕食時であるために、およそ一時間待ちの大行列ができていた。
待つのが苦手な俺達は、早速に次の行き先を協議する。
「多分ファミレスは、どこも混んでると思うよ」
「じゃあ、前に食べに行ったあそこのラーメンにする。美味しかったから忘れられないんだ」
前に食べに行った忘れられないラーメン屋がわからないので、詳しく話を聞いてみると、その店は味噌ラーメンの専門店・味噌一であることがわかった。
颯爽と車を走らせて味噌一に到着すると、すこし興奮気味の息子ちゃんが嬉しそうに言う。
「そう、ここだよ。僕ねえ、ここのラーメン大好きなんだ」
味噌バターコーンラーメンを頼み、味玉とメンマを購入して、ラーメンの到着を待つ。
夢中になってラーメンをすする息子ちゃんをみて、随分逞しくなったものだと感心していると、あっという間に平らげて、終いには麦飯まで追加してみせた。
大人顔負けの大食い振りである。
ラーメンを食べ終えた俺達は、再度車に乗り込んで、銭湯に向かって車を走らせた。
「あ、I君だ!」
車中から、歩道を歩く後輩を見付けた俺は、路肩に車を停めて声をかける。
息子ちゃんも、赤子時代から付き合いのある彼のことが大好きなので、少し興奮気味にはしゃいでいる。
しばし談笑して再度車を走らせると、助手席に座る息子ちゃんが、ボソッと呟いた。
「たぶん、冷たいお風呂はやってないな……」
突拍子もないことを言い出した息子ちゃんに、その真意を問い質す。
「どうして、そう思うの」
「だってさ、美味しいラーメン食べられたし、I君にも会えたから、もう今日は良いことないと思うんだ。パパといるといつも完璧だし、そんな予感がするんだよね」
結局、その予感は外れ、息子ちゃんの好きなプールみたいな冷たいお風呂は復旧していた。
でも、数人の中学生が独占していて、なかなか中に入れないでいる。
「気にしないで入ってきなよ」
「嫌だ。一人で入るのが楽しいんだ」
仕方なく彼らが出るのを待っていると、独占状態になるまで一時間近くかかった。
それから遊んだので、およそ二時間半の間、ずっと風呂に入っていたことになる
「冷たいお風呂、やっててよかったね」
「それは良かったけど、なかなか一人で入れなかったから嫌だったな……」
「たくさん入れたからいいじゃない」
「いや、待っているのが辛かったからよくない。やっばり嫌なことあったよ。パパといると、いつもこうだから仕方ないけどね……」
少しでも面白くないことがあれば、すべて俺のせいにする息子ちゃんは、完璧の使い方を知ってから少し生意気になった。
「そんな言い方は、ひどいな。今日は完璧じゃなかったと思うよ」
「はいはい……」
息子ちゃんにバカにされつつ車に乗り込み、無言のまま家路を急ぐ。
その翌日。
長風呂に付き合った結果、身体を冷やしたらしい俺は、翌日に体調を崩して寝込んだ。
やっぱり俺は、完璧なのである。
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予感
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