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親不知

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ちょっと前の話であるが、左下の親不知を抜いた。

いまだ成長しているらしく他の歯が押されて傾いてきているし、地元の歯科医が大学病院に行くまでもないと言うので、ここが抜きどころかと判断した次第だ。

抜歯当日。

予約は二時だったのに、なぜか二時半だと思い込んでおり、十分早く行ったつもりが二十分も遅れてしまった。

いつもならば「今日も完璧だ」などと言って笑って済ませるところであるが、予約いっぱいの忙しい歯科医院なので申し訳なく、時間的に無理であれば予約を取り直すつもりでいた。

しかし、なんとかやってもらえることになったので恐縮しながら診察室に入り、俺より若い担当医師に遅れたことを詫びつつ診察台に座った。

すると、それと同時に麻酔をスプレーされ、間髪入れずに数発の麻酔注射を打たれた。

どことなく横柄な態度の若い男性医師は、ひとつひとつの動作も雑で、嫌な予感がして堪らない。

残念なことに、その予感は的中することとなった。

麻酔を打ってから、さほど時間もおかずに除去作業が開始されると、削るたびに神経をつままれたような激痛が走るのだ。

強制的に身体が硬直して、身体全体からあぶら汗が吹き出す。

「下の親不知を抜くのは、一番痛いと思います。我慢してくださいねえ……」

そう慰められても痛みは変わらない。

もしや、予約に遅れてきたことに対する報復をされているのではないか。

そう思ってしまうほどの激痛なのである。

「耐えられないくらい痛いので、あまり乱暴にしないでもらえます?」

歯科治療においては、いままでに何度も痛い目に遭ってきた。

しかし、左手を上げて痛みを訴えたのは、初めてのことだ。

大袈裟でなく、耐えられるレベルの痛みではないのである。

「乱暴になんかしてないですよ。そんなに痛いなら骨から削っちゃいますか? たぶん、その方が早く終わると思いますよ」

骨から削れば早く済むという理屈がわからないが、これ以上の痛みは耐えられない。

「じゃあ、それでお願いします」

気を取り直して施術を再開してもらった途端、この日一番の激痛が走った。

すかさずに左手を上げて、反射的に口を抑える。

「あー、いまのは痛かったですね。すみません、神経をモロに削ってしまいました」

少しも悪びれずに謝る若い医師の態度が、余計に俺をイラつかせる。

「もう、やめる。これ以上は、耐えられない」

堪らずに言い放つと、医師も負けじと言い返してきた。

「別にいいですけど、神経剥き出しの状態だから、いまのまま放置した方が痛いですよ。もう少しだから、我慢した方がいいと思うけどなあ……」

「……すみません。頑張ります」

返す言葉を失くして診察台に横たわった俺は、それから45分もの間、若い医師の猛攻に耐えた。

「やっと抜けました。こんなに大きいのは初めてみましたよ。こりゃあ痛いはずだわ……」

ようやく抜けた親不知は巨大で、口内の左下には大きな穴が空き、大量の出血がみられた。

医者も驚く親不知を前に、縫合するのを待っていると、抗生物質と痛み止めを出されて済まされた。

「あれ? 縫わなくていいんですか?」

「ほっとけば塞がりますから……」

最後まで意地悪なのである。

次回からは違う歯科に行こうと、固く心に決める完璧な俺なのであった。






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