稽古終了後、教え子であるアイミを連れて食事に行った。
カウンター席に座った途端、かなり慌てた様子の彼女が言う。
「あれ、あたしのiPhoneがない……」
自身の上着やバッグをひっくり返しても、大事なiPhoneは出てこない。
「あれ、おかしいなあ。どこに置いたんだっけ。道場には置いてきてないはずだし……」
「さっき電話くれたばかりじゃない。その後、どうしたの? ちょっと思い出してみなよ……」
この店に入る前、待ち合わせ場所を変更する連絡をくれたから、ほんの数分前まで手の内にあったはずなのだ。
「あ、そうだ!」
すると、何か思い出したように上着のポケットを弄りはじめたアイミが、気まずそうに顔を引き攣らせながら言った。
「あ、ありました……」
「ポケットの中、何度も探してたじゃない。それを気付かないとはなあ……」
「いや、違うんです。これ、買ったばかりのアウターなんですけど、なぜかポケットに穴が開いちゃってて……」
「どれどれ……」
ポケットを通過したiPhoneが、背中の方に回りこんでしまっていたというわけだ。
「役に立たないポケットだなあ」
「ええ……」
教え子のアイミも、やはり完璧なのである。