チリリリリン……。
インフルエンザにかかり、学校を休んだ息子ちゃんの看病をしながら昼寝していると、けたたましい着信音が鳴り響いた。
(ようやく寝かしつけたのに、タイミング悪いな……)
息子ちゃんを起こさないために、慌てて着信音を消して、画面を見る。
すると、電話をかけてきたのは、Mっていうしと(人)だった。
間の悪い時に、電話を鳴らしてくるところからも、完璧な人王者の凄みを感じられる。
「なんでしょうか?」
「アニキ~、何してるんですかあ?」
完璧な人王者であるMに、アニキと呼ばれるときには、まるでろくなことがない。
「息子ちゃんの看病だよ。で、ご用件は、なんでしょうか?」
それを知る俺は、早く電話を切ろうと
、いつにも増して冷たく振る舞う。
「あれ? なんか冷たいじゃないですか、アニキ! どうしちゃったんですか?」
しかし、俺に冷たくされることに慣れてきているMは、少しも動じることなく、その図々しさを如何なく発揮してくる。
こういう時は、お願いごとがあるに違いない。
「別に……。で、用件はなに?」
「いや、あっのっ、車をですね……」
先月、車検のために愛車を整備してから、調子の良い愛車が妙に可愛くなった俺は、自分の愛車を他人に運転させるのが嫌になった。
そのことは、完璧な人王者であるMにも、しっかりと伝えておいたはずだ。
「嫌です。キレイに整備してから、車を貸すことはやめたんだよ。じゃ、さようなら」
「いや、これを最後にしますから、今回だけはお願いします」
しかし、しつこいMは、一歩も引くことなく泣きついてくる。
昼寝を邪魔されて機嫌を損ねている俺は、このまま話してもキリがないと思い、何も言わずに電話を切った。
すると、その直後から、しつこいくらいに電話が鳴る。
(やっぱし(り)あいつだ)
電話を鳴らす主は、もちろんMだ。
眠いこともあって、着信音を消したままで、電話を放置してみる。
しかし、そのまま寝ようと思っても、完璧な人からの電話が気になって眠れない。
四回目の着信に根負けし、仕方なく電話に出た俺は、先ほどに負けないくらいの嫌な声で応対した。
「あの、病気の息子が寝ているんで、なんども電話するのは勘弁してもらえますか」
「違うんです、アニキ! どうしても六本木にいかないといけないんです。車、貸してください。お願いしますよ」
何度言い聞かせても、めげずに車を借りにくるMは、俺に頼めばどうにかなると絶対的な自信を持っているようだ。
「あの、おたくってしと(人)は、一体なんなんですか」
そんな会話をしているうちに、階下に住むMが自室の玄関扉を開け、階段を上がる音が聞こえてきた。
「嫌だと言っているのに、勝手に直談判しにくるのは止めてくれ。親しき仲にも礼儀ありって知ってるか?」
直接こられたら、どうにも逃れられなくなりそうな気がした俺は、完璧な人にもわかりそうなことわざを使って来訪を阻止してみる。
ガチャガチャ……
「アニキ~、お疲れ様でーす。車の鍵、取りにきました~」
「本当に来てるし……」
しと(人)の家の玄関を勝手に開けた上に、車の鍵をよこせと言うMの顔は、厚顔無恥の真骨頂ともいえる面構えだ。
「いやあ、アニキのことだから、鍵を用意して待っていてくれてると思って……」
「アホか! 鍵は用意しないし、俺には弟もいないんだよ……」
すると、途端にいじけた顔になったMは、玄関から外に出て行く素振りをみせながら言った。
「そーすか。わかりましたよ。こんなセコイしと(人)だとは、思わなかったなあ。ああ、シャバイ、シャバイ……」
自分の要求が通らないからといって悪態をつき、捨てゼリフを吐くMに、俺は軽い殺意を覚えた。
「わかったよ! おたくってしと(人)は、ほんとにしつこい奴だな」
「さすが、アニキ。そうでなくちゃ男じゃないですよ」
思惑通りに車の鍵を入手したMは、嬉しそうに軽口を叩くと、憎らしい顔でにやついた。
その白々しい態度に、狂おしいほどの殺意が溢れる。
「七時に四谷まで行かないといけないから、それまでには、絶対帰ってこいよ」
「大丈夫です! 任せといてください」
しかし、六時半になっても、Mは帰ってこなかった。
このままだと、約束の時間に遅れてしまう。
時間に厳しい俺は、焦る気持ちでMの電話を鳴らした。
「いま、どこだよ?」
「大丈夫です。七時までには、ちゃんと着きますよ。え、七時に四谷? そうでしたっけ?」
このしと(人)は、やっぱり今日も完璧だ。
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完璧な殺意
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