「実は、アニキにお願いしたいことがあるんですけど……」
車を貸してあげた翌日、完璧な人王者であるMが、いつになく神妙な様子で電話をかけてきた。
(ん? 何かあったのか?)
元気のなさそうな声に、何事かと心配してみるものの、弟でもないのに俺をアニキと呼んでいることが気になる。
「なに、どうしたの?」
「わたくし、明日から日曜日まで、タイ修行に行くんですよ」
「そうか。試合も四月八日に決まったし、そろそろ練習しないとマズイよな。じゃ、がんばって」
嫌な予感がした俺は、お願いごとを聞く前に、電話を切ろうと試みる。
「あの、アニキ? ちょっと、待ってください」
しかし、まだお願いごとを言えていないMは、電話を切られまいと食い下がった。
「なんでしょうか? 嫌なんですけど」
「まだ、何も言ってないじゃないですか! 今日も、し(ひ)どいなあ……」
Mからし(ひ)どいと言われることに、軽い喜びを感じるようになっている俺は、電話を片手にニヤニヤとほくそ笑む。
もし、Mにこの顔をみせたならば、殴っていいすかと拳を握ることだろう。
「で、なに?」
「あの、ウチの可愛いワンちゃんが、し(ひ)とりぼっちになっちゃうんですよね。なんで、留守の間、面倒お願いしたいんですよねえ。それじゃ、失礼します」
「おい、待て! 悪いが、俺にはできないから、ほかを当たってくれ」
はっきし(り)言って、俺はMの犬が苦手だ。
可愛くないことはないが、大量に抜ける毛と垂れ流されるよだれ、それに荒い息遣いが苦手なのである。
「じゃあ、奥さんに頼むしかないか」
ウチの鬼嫁が、Mのファンであることは、前にも述べた。
しかし、その実態を知ってしまった最近では、その熱も冷めたのか、微妙に冷たくなっているらしい。
「アニキから奥さんに頼んでくださいよ。おみやげ買ってきますから、お願いしますね。じゃ、失礼します」
そんな鬼嫁には頼み辛いのか、段取りを俺に頼んでくるMは、語尾に失礼しますをつけて犬の世話を押しつけてきた。
「よくもそんなにお願いすることがあるもんだよな。まったく、おたくってし(ひ)とは、ホントに手間のかかる男だ」
「へへへ……。いいネタが出来て、良かったじゃないですか」
そう開き直るMに、形容し難いイラつきを覚えた俺は、いつまでこのし(ひ)との面倒をみなければいけないのだろうかと不安になった。
この完璧なスパイラルから、一日も早く脱したいが、少なくともあと数年は無理だろう。
そうそう、持ってきてくれたおみやげのセンスも、まさに完璧なものであった。
この男は、いつでもどこでも完璧なのである。
万引きGメンは見た! [DVD]/佐田正樹(バッドボーイズ),清人(バッドボーイズ),武内由紀子
¥4,935
Amazon.co.jp
万引きGメンは見た!/伊東 ゆう
¥1,575
Amazon.co.jp