ウチはビルの四階にあるのだが、残念ながらエレベーターはない。
なので、足を骨折している息子ちゃんが通院する時には、随分と重くなった彼をおぶって階段を昇降しなければならないのだ。
その上、診察日の前日にはMに稽古をつけてもらった結果、怠けていたこともあって膝を痛めてしまった。
親子揃って足を痛めてしまうとは、仲が良すぎるかもしれないが、息子ちゃんをおんぶして階段を昇り降りするのは非常に不安だ。
翌朝。
膝の痛みを必死に堪え、修行僧の思いで階段を降りきった俺は、なんとか病院まで辿り着くことができた。
しかし、階段を降りるよりも、昇る方が不安だ。
もし、階段で転んだりしたら…。
そんな想像をすると背筋が寒くなり、息子ちゃんが泣き叫ぶ姿が、俺の脳裏に浮かび上がってくる。
非常に情けないことではあるが、あまりの痛みに階段を昇りきる自信はない。
そうだ。
こんな時には完璧な人を呼んで、自慢の体力を見せつけてもらおう。
家にいてくれることを願いつつ家路につき、ビルの前に到着してから完璧な人の住む部屋を見上げると、彼の部屋の窓は全開になっていた。
ラッキーなことに在室しているようだ。
「酒井くーん!」
全開になっている窓に向かって、猫なで声を発した俺は、完璧な人のことを君付けで呼んでみた。
「酒井くんって、なんなんですかあ? 気持ち悪いんですけど…」
ベランダから顔を出した完璧な人は、訝しげな様子で俺を蔑んだ。
その顔をみると、嫌な予感がしているようだ。
「あのー、し(ひ)ざが痛くて階段を昇れそうにないんで、ウチの息子ちゃんを四階までおぶってくれませんでしょうか」
「ドゥフフ…シャバイなあ…」
嫌な顔をするどころか、満面の笑みを浮かべて俺を見下した完璧な人は、すぐに降りてきて息子ちゃんをおぶってくれた。
颯爽と階段を昇っていく姿は、さすがヘビー級王者といえる動きで、背負われている息子ちゃんも安心して身を預けている。
「酒井くん、ありがとう。ホントに助かったよ」
我が家の玄関で、息子ちゃんをそっと受け取った俺は、とっておきの猫なで声で完璧な人に礼を言った。
「こういう時だけ酒井くんって呼ぶのは、気持ち悪いからやめてくださいよ。このし(ひ)とは、ホントだみ(め)なし(ひ)とだなあ…」
自分だって、頼みごとがある時に限って、俺をアニキと呼ぶくせに…。
そう言ってやりたかったが、世話になったばかりなので、それを言うのはやめておいた。
アニキ対酒井くん。
これからも、なにか頼みごとがある時には、猫なで声で酒井くんと呼ぶことにするよ。
だから、俺に頼みごとがある時には、遠慮なくアニキと呼んでくれ。
でも、電話を無視したり、居留守使ったりしても怒らないでくれよな。
その節は、大変お世話になりました。
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