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指名検挙 前編

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「この子なんですけどね……」

三ヶ月ほど前のある日、とある契約先の店長から、怪しい動きをする女の子が映る防犯カメラの映像をみせられた。

その映像には、商品を手にとっては死角に持ち込み、そこから出てきたときには商品が消えているという現象が、いくつも収録されている。

さらには、防犯カメラに向かってピースサインをしたり、からかうような変顔までしてお店を挑発するありさまだ。

もはや、万引きしてないとは思えないほど、わかりやすい挙動といえる。

「ああ、これは確実にやってますね……」

「やはり、そうでしょう。昨日も来たので、少しついていってみたんですけど『なに見てるんですか、ウザいんですけど』って威嚇されちゃってさ。なんとしても捕まえてほしいんだよ」

捕まえたいのは俺も同じだが、つけ回してバレてしまったのなら、しばらくは来ないだろう。

案の定、三ヶ月に渡って特別シフトを組んで警戒したものの、彼女が来店することはなかった。





「伊東さん、一昨日来たんですよ! 例の子が!! お菓子や文具を持ってウロウロしてたのに、結局なにも買わないで出て行ったんです。また、やられちゃったと思うんですけど、私なんかじゃ、なかなか上手く捕まえられなくて……」

朝の挨拶をするために事務所に入ると、俺を待ち受けていたらしい店長は、少し興奮した様子で一気に話した。

(もしかしたら、今日あたり来るかもしれないな)

そんな予感もあったが、夏休みモード一色の店内に、万引きする者は誰一人現れない。

勤務終了まで、あと一時間。

(恥ずかしいけど、今日はタコっちゃいそうだな……)

そう諦めかけて、一服しようと店外にある自動販売機に向かうと、見覚えのある女の子が店内に入ってくるのが見えた。

(来た……!)

この子を挙げれば、確実に、この店のスターになれる。

そんな思いが、いまさっきまで腐りかけていた俺を鼓舞する。

しかし、急いてはコトを仕損じると自分を戒めた俺は、はやる気持ちを抑えて追尾にあたった。





店内に入ると、すぐにエスカレーターに乗って食品売場へと向かった彼女は、迷うことなく菓子売場に辿り着いた。

そしてまもなく、ガムやスナック菓子など数点の商品を手に取ると、半ば堂々とバッグに隠した。

手際の良さを見る限り、複数の万引き経験があることに違いない。

賞金首ともいえる彼女の犯行を現認した俺は、いつもより慎重な追尾を心掛けて、自分の姿をみられないよう監視下に置いた。

食品売場で実行を終えた彼女は、再度エスカレーターを利用して、二階にある雑貨売場に向かった。

何度も振り返りながら店内を歩いているところをみれば、もはやうしろを気にせずにはいられないといった気持ちで一杯なのだろう。

しかし我々からみれば、その振る舞いこそが不審なのである。

それから雑貨売場で弁当箱を手に取った彼女は、店内を徘徊して入れ場所を決めると、手にある弁当箱をバッグに隠した。

弁当箱を手に取ってから、それをバッグに隠すまでに要した時間は、ほんの三十秒ほどである。

すると、店内を警戒している高齢の制服警備員が彼女に気付いた。

迷惑なことに、ベタな追尾まではじめて、すでに犯行を終えた彼女を牽制している。

すぐに制服警備員の追尾に気付いた彼女は、フロア中央の広い通路に立ち止まって、つけ回してくる警備員を睨んで威嚇した。

言うまでもないが、俺の追尾には、まるで気付いていない。

(ここで入れたもの出されたら、どうするんだよ…。何もできない役立たずのくせして、俺の仕事を邪魔しやがって…)

結局、追いすがる警備員を尻目にエレベーターに乗り込んだ彼女は、犯行を中止することなく一階まで降りると、出入口前で周囲を見回してから外に出た。

物陰に隠れて動向を伺っていた俺も、その後を追って外に出る。

そして、安心したばかりであろう彼女に、そっと声をかけた。

「こんにちは。ここのお店の者なんだけど、そのバッグにいれたお菓子と弁当箱、お金払ってないでしょ……」

「……ごめんなさい、万引きとかじゃなくて、無意識に入れちゃったんです。お金払うので許してください」

見知らぬおじさんから声をかけられた彼女は、小さな体を強張らせて必死に弁解した。

「あのさ、こう言っちゃなんだけど、君は、この店の有名人なんだよ。この店で君のことを知らない人は、たぶんいないんじゃないかな。だから、そんな言い訳は通用しないよ」

「え……」

この店の出入口には、万引き常習者数人の写真が貼られている。

彼女の写真もそこにあるので、店員全員が彼女を知っているというのも、決して大袈裟な話ではない。

「おじさんは、ここの保安員なんだけど、ここ何ヶ月か、君が来るのを待っていたんだ。やっと会えて、少し嬉しいよ」

「ごめんなさい……」

「いままでのことも、ちゃんと謝らないとね。じゃ、ちょっと事務所まで来てくれるかな」

さすがに観念した彼女に事務所への同行を促すと、嫌がりつつも素直に応じてくれた。

~つづく~



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