行き交う店員さんの冷たい視線を浴びながら事務所まで辿り着くと、 およそ五十歳位であろう受付担当の女子社員が、京唄子に似た顔を上げて女の子を凝視した。
すると、途端に訝しげな表情をみせた唄子は、何かを思い出したように手配写真に目を移す。
「あ……」
目の前にいる女の子が手配写真と合致していることに気付き、目を剥いて驚愕した唄子は、憎き常習犯を前に思わず声を上げた。
そして、鬼の首を取ったようなしたり顔で振り返ると、俺に向けて右手の親指を突き立てるのであった。
どうやら、そっと祝福してくれているらしい。
(これが若い女子社員だったら……)
もちろん、そんな感情は微塵も見せずに、作り笑顔付きの会釈でそれに応えた。
「じゃあ、盗ったモノを、ここに出してもらえるかな」
被疑者用のパイプ椅子に彼女を座らせて、バッグに隠した商品を出させると、窃取された商品は八点で、合計被害額は三千円ほどであった。
続けて身分を確認させてもらうと、この店の近所に住んでいる彼女は、地元の中学校に通う中学二年生であるという。
「おじさんね、君と同い年の娘がいるんだ」
などと話して、重苦しい場を和ませつつ、店長が来るまで場を繋ぐ。
「ご両親は、すぐ迎えに来てくれるかな」
「お父さんは去年死んじゃったし、お母さんは仕事だから、たぶん来れないと思います」
「そうなんだ……、お母さんとは連絡取れる?」
「携帯の番号は知らないし、どこで働いてるかもわからないから無理です。仲が悪いから、なにも教えてくれないの……」
そう話した彼女は、顔をクシャクシャにして泣き始めた。
涙の量をみる限り、とても演技とは思えない。
「ご飯は? いつもどうしてるの?」
「いつもコンビニでお弁当を買って食べてます。昼も夜もコンビニ弁当だから、それが嫌で、お弁当箱を盗ったんです」
(もしかしたら、この子、ネグレクトされているのではないだろうか?)
あまりに切実な彼女の話を聴いて、力になりたいとは思うが、これ以上聴いてしまえば取調類似行為になりかねない。
非力な俺にできることといえば、臨場するであろう警察官に、彼女から聴いた話を伝えるくらいだ。
所詮、ただの保安員なのである。
「やっと捕まってくれたか。君のことで、どれだけ嫌な思いをさせられたことか……。今日は、しっかりと反省してもらうからね」
唄子からの連絡を受けて現れた店長は、喜び溢れる顔で俺を見たのち、真逆の顔で彼女を一瞥すると、厳しく言い放って警察に通報した。
「なんで店長さんが怒っているか、わかるよね? ちょっと前にさ「ウザいんですけど」って、店長さんに言ったことがあるでしょう? どうしてそんなこと言ったのか、よかったら聴かせてくれない?」
「あの時は、やってないのについて来られたから、なんかムカついちゃって……」
まさに「盗っ人にも三分の理」なのである。
「あの、学校にも連絡するんですか? 学校に連絡されたら、私……、高校に行けなくなっちゃう」
警察を呼ばれることより、学校に連絡されることを恐れている彼女は、今日一日の出来事が、この先の人生にどれだけ影響するのか憂いている。
後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。
「やってしまったことは仕方ないよ。これからどうなるかわからないけど、これで万引きをやめてくれれば、それでいいと思うよ。学校には言わないでって、おじさんからも頼んであげるから、もう泣かないで」
「はい、ありがとうございます……」
どんなに悪ぶっていても、捕まえてみればみんないい子だということは、今も昔も変わらない。
警察官に連行されていく彼女を見送って事務所に戻ると、破顔の笑みを浮かべた店長が、俺のところにやってきて頭を下げた。
「いやあ、さすがにプロは違いますね。本当に、お見事でした。今夜からは、ようやく枕を高くして眠れますよ」
指名検挙を達成したことに、最大級の賛辞をくれた店長から握手を求められた俺は、この店のスターになったことを実感した。
保安冥利に尽きる一日を過ごせたことには感謝するが、警察に引き渡された彼女の今後を考えると、どこかやりきれない思いが残る。
同じ年頃の娘を持つせいか、こうした少年事案に遭遇するたびに世の中を憂い、彼等の首を晒す自分の仕事に疑問を感じてしまうのである。
(俺が捕まえることで、救われる人もいるはずだ)
そう自分に言い聞かせた俺は、実況見分を済ませて家に帰ると、現実から逃れるように酒を飲んだ。
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指名検挙 後編
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