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Channel: 伊東ゆう Official Blog
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くるま

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「あの、伊東さん。木曜か金曜なんですけど、車使います?」

自分の車にいつ乗ろうが、それは俺の勝手だ。

しかし、完璧な人は、わざわざ電話をかけてきてまでして、使用の有無を尋ねてくる。

「使うけど、何か?」

「え? マジすかあ……ちょっと、困るんですけど……」

自分の車に乗るだけなので、誰かに迷惑をかけているとは、とても思えない。

このしと(人)は、一体、なにを困っているのだろう。

「横浜まで、荷物を取りにいきたいんすよねぇ。どうにかならないですか、アニキ~ッ」

「俺も仕事あるからさ、じゃ、さようなら」

俺の車を使える権利を持つと勝手に思っているらしいMに、激しい嫌悪感を抱いた俺は、その思いを伝えるべく冷たくあしらった。

「さよならなんて、言わないでくださいよ。試合前なのに、なんなんすか、この扱いは! し(ひ)どい、し(ひ)どすぎる…」

「はいはい。試合は、がんばってな。じゃ!」

適当な返事をしながら電話を切ると、あさっての用事は、電車で行くことになっていることを思い出した。

しかし、そのことは言わずに、そのまま放っておく。

でも、夜になってくると、Mのことがかわいそうになってきた。

人の良すぎる俺は、いじけているであろうMに、救いの電話をいれてみる。

「なんでしょうか?」

ご機嫌ななめのMは、開口一番にこう言った。

その乱暴さは、救いを与えるであろう人からの電話を受けているとは、とても思えないものだ。

「車、用意できた?」

「いや、仕方ないから、横浜まで電車で行って、重い荷物持って帰ってきますよ」

大きな荷物を手にしたMが、満員電車に揺られている姿を思い浮かべてみると、自然と顔がほくそ笑む。

あまりの図々しさを、しっかりと反省させるべく、このままにしておこうか。

俺のなかの黒い部分が、ざわざわと蠢く。

「じゃ、かわいそうだから、貸してやるよ」

「マジっすか⁈ なんだか、アニキって呼びたくなってきましたよ。アニキ~っ」

頼むから、それだけはやめてくれ。

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