昨年の大晦日は、一族でお墓参りに行き、親戚の皆さんと忘年会を行った。
両親のいない俺にとって、親戚で集まれる機会は貴重で、いつも嬉しく参加している。
今年は、例年以上に参加される親戚が多かったので、とても楽しい時間を過ごせた。
年末の過ごし方としては、最良のかたちであると思う。
そんな親戚達との忘年会を終えた俺は、ひとり電車に乗って、次の目的地である池袋に向かった。
前回の忘年会で忘れたバッグを、影野先生から受け取るためだ。
大晦日の忙しい時なのに、こんな手間をかけさせてしまうとは、自分の完璧さが恨めしい。
それでも、嫌な顔をひとつも見せずに合流してくださった先生の優しさには、大きな感動を覚えた。
いつもありがとうございます!
合流した俺達は、一杯飲もうというはこびになり、池袋西口界隈を歩いた。
先生のリクエストは、座敷のある店だ。
しばらく歩くと、昭和感あふれる、昔ながらの飲み屋を見つけた。
紺の暖簾には、偉そうなほどに大きなもじで、武者小路と書かれている。
「この店にしますか」
暖簾をくぐり、引き戸を開けて店の中に入ると、カウンター席は埋まっていたが、幸いなことなのか座敷席はあいていた。
「お座敷でよければ、どうぞ」
カウンターの中にいた六十歳位のおばさまが、満面の笑みを浮かべて、躊躇する俺達を促す。
勧められるがままに靴を脱いだ俺達は、座敷にあがると、直ぐに瓶ビールを頼んだ。
「ちょっとお願い」
そう言ったおばさんは、カウンター席に座るお客さんに、瓶ビールを手渡した。
「いま、カウンターが一杯だから、そっちまで行けないのよ」
どうやら、ひとりで切り盛りしているらしく、客をかきわけてまで、自らがビールを提供する気はないらしい。
でも、初めて入った店で、見知らぬ客からビールを出されるとは、決して気分の良いものではない。
頼まれた方の客も嫌な顔を見せたし、出される側の俺達にしたって、ついつい恐縮してしまうからだ。
「お手数かけてすみません」
たまたま居合わせた見知らぬ客から出された瓶ビールを、丁重に受け取り、乾杯をすませる。
すると、この店にはメニューがないことに気がついた。
「なにか、つまみはありますか」
「もう正月なので、煮物しかないのよ」
煮物だけでは、どこか寂しい。
そんな気持ちにもなったが、食事はすませてきたので、腹を空かせているわけでもない。
「じゃあ、それで」
少し面倒になってきたこともあり、否応なく煮物を頼んだ。
カウンターにいる客は、それと同時に帰り支度を始め、煮物が出てくる前にいなくなった。
それなのに、出来上がった煮物を手にしたおばさんは、談笑する俺達に向かってこう言った。
「ちょっと、これいいですか」
もう、カウンター席には誰もいないのに、座敷でくつろぐ俺をわざわざ呼び寄せるとは、随分と客遣いの荒い店だ。
しかし、出された煮物はなかなか美味く、腹は空いてないのに、おかわりまでしてしまった。
そうして、瓶ビールを六本ほど飲んだ俺達は、居心地も悪くなってきたので、違う店で年越しをすることにした。
「お勘定してください」
「はーい」
カウンターのなかで、電卓を弾くおばさまが、意地悪な経理のおばさんにみえる。
「一万二千八百円です」
この店で注文したのは、煮物四皿と、瓶ビールが六本だ。
これで一万円を超えるとは、あまりにも高い。
俺の主観で言えば、六千円くらいが妥当な値段だろう。
さっきまでカウンターにいた客も、ぼったくられていたのだろうか?
そんな思いが、俺の脳裏を駆け巡る。
しかし、先生は、なにも言わずに金を払った。
「ちょっと、高かったですね」
「慣れない池袋で、ぼったくられちゃいましたよ。年末はキレイに飲みたいから、おとなしくしといたけど」
歌舞伎町ネゴシエーターであり、ぼったくりの帝王の異名を持つ先生と、完璧Gメンの師弟コンビからぼったくるとは……。
武者小路、恐るべし。
もう、二度と行くことはないだろう。
ちなみに、二軒目には寿司屋に行った。
池袋西口にある、柳寿司である。
ここで年越しをしたわけだが、たらふく飲み食いしても、一万円でお釣りがきた。
気合の入った店員も気持ち良かったし、影野先生と年越しできたことも嬉しい。
俺がカバンを忘れなければ、こんなことにはならなかっただろう。
2011年の俺は、最後の最後まで完璧だった。
もう、それでいいのだ。