打ち合わせをしていると、アラブの地にいるMから電話がかかってきた。
そういえば一昨日にもViberで連絡をもらっていた。
用件は不明だが、今月には一時帰国すると言っていたので、おそらくは空港まで迎えに来てくれとか、寝床を用意してくれとか、メシを食わせろといった内容だろうと思い、コールバックするのをスッカリ忘れていたのである。
「なんだ、どうした?」
渋々と電話に出ると、妙に明るいテンションのMが、滑舌の悪い口調で一気にまくしたてた。
「アニキーっつ! 今日は、どうしても思い出せないことがあって電話しました」
「いま打ち合わせ中なんですが、一体なんでしょうか?」
「あの……、坊主頭で、いつもランニング着てる面白い人いたじゃないですか? あのイカ天に出てた人みたいな。あの人の名前、なんでしたっけ?」
そんなことのために、わざわざアラブから国際電話をかけてくるMの気がしれない。
この男は、いったい何を考えて生きているのだろう。
そう思いつつも、Mが誰のことを思い出せないでいるのか気になった俺は、そのモヤモヤ感を解消してやるべく真剣に対応する。
「ん? たまの石川さんじゃなくて?」
「いや、違います。そっちじゃなくて! あの、ほら、なんか放浪する面白い人いたじゃないですか? あーっ、もう! なんで、わかんないんすか?」
自分から質問してきているのに、俺が答えられないとみるや、すぐバカにしてくるMは相変わらずな様子だ。
なんだか久々に味わう特有のイラつき感が新鮮で楽しい。
「歌手とかコメディアンじゃなくて?」
「多分違うと思います。二宮金次郎みたいに荷物背負っている天才の人ですよ。昨日から、あの人の名前が、どうしても思い出せなくて……」
そこまで聞いて、ようやく誰のことをいっているのか思いついた。
「山下清!」
「そう! それだあ。ありがとうございます。いやあ、これでスッキリしましたよ。それじゃ……」
この男だけは、どこにいようと完璧なのである。